葉問先生について

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葉問(ようもん、yipman、イップ・マン)先生
1893年10月1日生まれ、 1972年12月2日に死去。
当教室の詠春拳は葉問先生が伝えたものです。
最近では葉問先生を主人公として描かれる映画やドラマが登場しています。

葉問先生のプロフィール
「詠春拳はじめて物語」で書いた厳詠春さんに福建少林寺の武術を伝えたNg Muiを初代として、厳詠春さんが2代目で、この系統の世代で葉問先生は8代目になります。
葉問先生は広東省の生まれで、仏山というところの裕福な名家の次男でした。いくつかに分かれていた詠春拳のそれぞれ学んで、警察官をやっていたのですが日本との戦争の影響で香港に逃げました。
香港では貧しい生活に苦しんでいたので生活のために詠春拳を教え始めました。初めての教室は30人以上の生徒があつまったものの脱落者が続出。最終的に残ったのは後の標指王・梁相と、尋橋王・駱耀の2人だけでした。
脱落者続出の状況に葉問先生は詠春拳の練習方法などを改変することにしました。昔ながらの東洋哲学や気などでの説明をやめて、科学的でアプローチでの指導へと切り替えました。これによってたくさんの優秀な弟子たちが育つことになり、葉派とされる詠春拳が香港で一大門派へと発展し、世界へと広がることになりました。詠春拳を普及させるために葉問先生は現在の詠春體育會(Ving Tsun Athletic Association ,VTAA)となる団体を設立しまし、パスコ先生はVTAAの上級インストラクターの認可を受けています。

葉問先生の弟子
たくさんの優秀な弟子がいましたので簡単に紹介します。
○○王とは○○の技術が優れていたためにつけられた通り名や称号です。
黐手王・簡華捷(Victor Kan Wah Chit)。パスコ先生の師匠です。Chi-saoの技術が大変優れていたそうです。
小念頭王・徐尚田(Chu Shong Tin)。パスコ先生が香港で指導を受けていた先生です。
講手王・黄淳樑(Wong Shun Leung)。パスコ先生は何度もアドバイスを受けて刺激を受けたそうです。
ブルース・リー(Bruce Lee)。いわずとしれたムービースター。葉問先生の詠春拳を学んだ後、截拳道(Jeet Kune Do)というオリジナルの武術を創始しました。
葉準(Yip Chun)葉正(Yip Ching)。葉問先生の息子さんたちです。
ほかにもたくさんの先生たちがいますが、機会があれば紹介していきたいです。
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日本人と詠春拳
上にも書きましたが、葉問先生は日本との戦争でつらい思いをしてきました。そのため「日本人には詠春拳を教えるな」と言い残していたそうです。そのようないきさつがありまして、ブルース・リーやカンフー映画が大流行していた70~80年代にも日本人はなかなか詠春拳を学ぶことはできませんでした。しかしパスコ先生によれば「戦争によりお互いにとって不幸な時代が続いたけど、現在は平和が続いてお互いに友好な関係が結ばれている。平和な時代が続いたから日本人も詠春拳を学ぶことができる」という話です。これからも平和な時代を続けて、国籍を超えた友好関係で詠春拳を学んでいきましょう。
最後に生前の葉問先生が死ぬ前に残した動画を紹介します。


問い合わせなどはお気軽にメールください。

pd.vingtsun@ gmail.com


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タグ用:詠春拳について 詠春拳とは 特徴 歴史

tag : 詠春拳について 詠春拳とは 特徴 歴史

2015-06-03 19:00 : 人・歴史 : コメント : 0 :

詠春拳はじめて物語

鶴と蛇

伝説?
詠春拳は誰がいつごろ作ったのか?ということははっきりとは分かっていないようです。
しかし成立についてはだいたい次のような伝説が残っています。
中国の清の時代に福建少林寺(注1)という寺がありました。福建少林寺は「反清復明」(注2)運動の拠点でした。
この福建少林寺は清国によって焼き払われてしまい、レジスタンスたちは各地に散らばって逃げました。
逃げたメンバーの一人、厳四さんと娘の厳詠春さんも福建連城県郊外で隠れて豆腐屋を営んでいたそうです。

創設者は女性
詠春さんは父親から南派少林拳(注3)を仕込まれていましたが、この少林拳は力の強い男性向きの拳法でした。
女性の自分にも使いやすい拳法はないかと考えていた詠春さんはある日、蛇と鶴が戦っている場面に出くわします。
この戦いをみた詠春さんは、これだ!とひらめき、白鶴拳の技術を採用し、自分が学んだ拳法に加えて、力の弱い女性でも使える新たな拳法を創出しました。完成した拳法は創設者の名前をとって「詠春拳」と呼ばれるようになりました。

読み取れるポイント
この伝説から読み取れるポイントはたくさんあると思いますが、今回は二つのポイントを覚えておいてください。
一つは創設者は女性。力が弱い女性や子供でも、身を守れる拳法を編み出したこと。
一つは蛇と鶴の戦いをヒントにしている。詠春拳は蛇形と鶴形を組み合わせたスタイルであること。

詠春拳が必要以上に強力な腕力に頼らない技術体系ということは何度も説明している通りです。
ここで新たに出てきた蛇と鶴については練習の中でたびたびパスコ先生が説明してくれます。
例えば、この動きは鶴形(crane style)とか、蛇形(snake style)とかいった具合です。
パスコ先生は「Our founders original idea of Ving Tsun was inspired by the attack & defence movements of the Snake & Crane.(詠春拳の創設者は蛇と鶴の攻撃、防御の動きに刺激をうけた)」と話しています。
頭の片隅に入れておくと、詠春拳の理解を深める役に立つかもしれないです。

ちなみに、この詠春拳はじめて伝説を否定する説もあったりもします。
詳しい歴史とかに興味があったら、wikipediaをはじめ色々なHPをめぐるだけでも面白いですね。
歴史シリーズは続く予定ですが、このブログは、そこら辺を深く掘り下げる方向にはいかない方針です。

(注1)福建少林寺は嵩山少林寺とは違い伝説の存在で実在はしていなかったみたいです。福建少林寺は南少林寺、嵩山少林寺は北少林寺として映画や小説の題材として、よく登場します。と思っていたら、実在していたとする古文書なんかも出てきたりして、いろいろな説があるみたいです。
(注2)満州族の清国を打ち倒して漢民族の明国を復活させようという抵抗運動です。
(注3 南派少林拳は白鶴拳・洪家拳・蔡李佛拳など含まれる。

今回はパスコ先生の話と、参考文献に川村祐三著「詠春拳入門―ブルース・リーが学んだ戦慄の実戦拳法」を使いました。

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tag : 詠春拳とは 特徴 歴史

2015-03-11 19:00 : 人・歴史 : コメント : 0 :
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山梨にある詠春拳教室の弟子・机龍之介(アイコン左)です。
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